第2章 心理学の研究方法
2-1. 心理学の研究法
実証主義: 直感や主観ではなく、客観的な根拠に基づいて議論する 心理学は「心」という目に見えないものが対象
心理学者は自分の興味・関心、先行研究における問題点、学問的・社会的必要性の高さなどから研究テーマを設定する
構成概念: 客観的な物理量で示せるものではなく、研究や評価を行うために構成された概念であり、行動の背後にあると考えられる心的特性 e.g. 幼児期の自己抑制力=「自分にとって不快・苦痛なことであっても、感情や行動をコントロールし、我慢したり待ったりすること」
e.g. 「一定時間、目の前にあるお菓子を食べずにいること」
妥当性: 測ろうとしているものを正しく測れているか 理論的定義と操作的定義が明確になっていれば、内容について批判的に検討することも可能になる
追試: 別の標本を対象に実践や調査を行い、同じ結果が得られるかどうかを検証すること 手続きに改良を加えたりして知見の頑健さや一般化可能性を追求することもできる
複数の研究によって確率された知見は理論構築に繋がり、心理学的事象を説明したり予測したりするのに役立つ
研究の第一歩は問い(仮説)を立てること, 次の重要なステップは研究計画を立案すること
研究目的を達するために必要なデータをどう確保するか
2-2. 実験
実験は心理学の最も伝統的な手法
参加者に与える刺激
一般に原因と考えられるもの
変化する反応や行動
一般に結果と考えられるもの
一人一人の参加者に複数の刺激(条件)を与えて反応の違いを調べる方法
刺激の提示順序をランダム(無作為)にするなどの対処法が取られる
参加者によって刺激の種類を変えたり、刺激を全く与えない統制群を設け、グループ間で比較したりする方法
e.g. 新任教師のプロフィールを配り、温かい人、冷たい人の2グループに分け先入観が対人認知に及ぼす影響を調べる(Kelly, 1950)
グループ間ができるだけ等質になるようにする必要がある
あらかじめ関連する変数を測定した上で、グループが均等になるよう参加者を配分する組織的配分もあるが、より現実的で妥当性が高いのは参加者をランダムに割り当てる無作為配分 条件を統制して行う実験はいくつか問題点もある
人為的に統制された場面で得られた結果を、多様な要因が絡む日常生活にどこまで一般化できるかという問題
実験参加者は「よい参加者」になろうとする
要求特性として働くものの中には実験者の無意図的な言動も含まれる
実験社は仮説に沿った結果が得られることを期待→知らず知らずのうちに参加者に影響を与えてしまう
実験参加者のみならず、実験を実際に行う人にも真の目的を伝えずに実験を行う
医学や薬学の研究ではよく用いられている
実験は通常複数人を対象に行うが、臨床心理学では一人の人を対象に行うことがある
この場合も介入以外の要因はできるだけ統制しておくことが求められる
2-3. 観察
観察: 対象者の行動を観察し、記録に取り、分析していく手法 言葉の未発達な乳幼児や動物を対象とする研究で多い
研究の目的に沿って、ある出来事が生起しやすい環境を人為的に作り出し、そこで生起する行動を観察する
観察者はワンウェイミラーなどから対象者に気付かれないように観察することが多い
親子の日常的な相互作用、電車や教室内での着席行動、動物の捕食行動など、観察したい現象を定め、ありのままの状態で観察を行う
分析単位を揃える
行動を分類するための基準(カテゴリーとその定義)を予め決めておき、それにそって観察記録をつける
チェックリスト
観察した事象や気づいたことを日誌やフィールドノートに自由に書いていく方法
参加観察法: 観察者が積極的に対象者と交流しながら観察する 非参加観察法: なるべく観察者の存在を感じさせないようにして観察する 先行研究予備的観察に基づいて、事前に明確な分類基準を作っておいたり、複数の人で分析をして結果の一致率を確認するなどして、データの客観性を高める必要がある
観察では現象の記述はできるが現象の説明は難しい
2-4. 調査
調査(質問紙調査): 複数の質問項目や尺度から構成された質問紙(アンケート)によってデータを集め、統計的分析にかけて心理的現象を明らかにする手法 回答肢を用意した選択式
自由回答形式の質問を加えることもある
質問紙ができあがったら少数の人を対象に予備調査を行い、どれくらい時間がかかるか見当をつけ、必要に応じて文言の修正や順序の入れ替えを行う
郵便・メール、1対1の面接、講義室などで一斉に調査を実施→回収
質問紙の利点
短期間で多くの人に実施でき、行動の一般的な傾向を把握することができる
意見や態度、感情、パーソナリティなどの外から観察しにくい協力者の内面を知るのに便利
質問紙の注意点
一方で質問紙の言い回し(ワーディング)によって回答が左右されたり、調査内容によっては回答に社会的望ましさや虚偽などの歪みが入る可能性もある
郵送による調査の回収率は概して低く結果を一般化するのが難しい
集団で一斉調査を行う場合、回収率は高いものの、研究者の所属する大学で行われることが多いため、対象が大学生に偏りやすいという問題がある(第1章 心理学とは) 対象を広げられるウェブ調査も標本の偏りという面では同様
一回だけの質問紙調査では、要因同士の関連は明らかにできるが、実験のように因果関係を特定することはできない
同一の集団を対象に複数回調査を実施し、時間的にどの要因が先行しているかを特定することで、因果関係を推定していく
長期的な協力が必要で実施は難しい
2-5. 面接
面接(インタビュー): 面接者と協力者が直接対面して話し合い、その発話内容を主なデータとする方法 面接は臨床心理学の実践でも使われている(第9章 臨床心理学)がここでは調査を目的とした面接に絞る 面接は観察や質問紙調査では捉えにくい、個人の内面やその変化のプロセス、出来事との関連などを捉えるのに適している
協力者の発話内容について確認したり、流れに応じて質問を追加できる柔軟性を持つ
非言語的情報(しぐさや視線、声のトーンなど)も同時に得られる
面接は構造化の程度によって分けられる
質問項目やその順番、教示、回答の選択肢等があらかじめ定められているもの
複数の面接者が同じ手続きで実施し、多くのデータを集めることができるので仮説検証型の研究に適している
質問する項目や順番などについて明確に定めておらず、協力者の反応に応じて面接者が柔軟に質問をしていくもの
当該テーマに関する先行研究が少なく、探索的な仮説生成型の研究をするのに向いている
あらかじめ仮説や予測を設定し、それに即した質問項目を準備しておくが、会話の流れによって質問の順番を変更したり、追加で質問を加えたりなど、ある程度進行に幅をもたせておくもの
心理学の研究では反構造化面接が用いられることが多い
発話については、その場で書き留める場合と許可を得て録音し後から逐語録を起こす場合とがある
発話内容という質的データから一定のち県を導き出すためには、観察の場合と同様、データの解釈が恣意的にならないようにする必要がある
分析の手続きを明確にして複数人でデータ分析を行ったり、ある程度分析が進んだ時点で協力者や研究仲間に報告し、解釈の妥当性についてチェックを受けるといった手順を踏むことが求められる
実験や観察と同様、面接者の言動は協力者に影響を与える
面接者は話しやすい雰囲気やラポール(信頼関係)の形成につとめる 特定の回答を誘導しないように自覚的に振る舞うことが求められる
6. 事例研究
事例研究(ケース・スタディ): 研究目的に沿って、小数の対象を選び、その事例について行動観察や面接、検査、周囲の人からの聞き取り等を行い、詳しく記述、分析していく方法 対象となる人の数が限られている場合や、量的研究になじまない問題を扱うのに適しており、対象者を多面的に、また時間軸の中で捉えていくことができる
事例研究ではしばしば観察記録や面接の逐語録といった質的データが用いられる
分析にあたっては一定の手続きに則って、概念生成を行い、それらをカテゴリーにまとめながら、発話や行動の意味を読み取っていく
その後、仮説生成に向かう場合もあれば、個別の問題解決を目的とし、必ずしも知見の一般化を目指さないこともある
事例研究から普遍的原則を導き出すには相当の洞察力や経験が必要であり、誤った一般化をしてしまう恐れもある
通常は事例研究の結果を手がかりとして仮設を立て、他の研究法で仮説の検証を行い一般的原理の解明につなげていくことが多い
7. 研究における倫理
心理学の研究対象は人(ときに動物)
プライバシーを巡る問題、実験や調査のストレスや悪影響
参加者に事前説明を行い、参加の同意を得る
個人情報の保護とともに研究の途中でやめたくなった場合の拒否権も保証されなくてはならない
参加者に危害を与えてはならないのはもちろんのこと、不快な状況もできるだけ避ける必要がある
攻撃性の解明など研究目的によっては参加者に対して真の目的を告げなかったり、偽りの情報を与えたり(ディセプション)、一時的なストレスを与えることもありうる その場合もストレスをできるだけ小さくしたり、事後に研究の真の目的をきちんと説明し(ディブリーフィング)、参加者の理解を得ることが求められる 多くの大学・研究機関が研究倫理委員会を設けている